2024年、自分は会社を退職し、オーストラリアで就職活動に挑戦するという決断をした。
結果から言えば、この挑戦は失敗だった。
現地企業から内定をもらうことはできず、スポンサービザを獲得することもできなかった。最終的には日本へ帰国し、現在は日本でエンジニアとして働いている。
ただ、この挑戦を「無駄だった」とは全く思っていない。
実際に現地へ行って挑戦したからこそ見えた現実があり、日本で情報収集をしているだけでは絶対に分からなかったことが数多くあった。
今回は、自分がオーストラリアで就職活動に挑戦した理由、実際に行った準備や行動、そして失敗から学んだことについてまとめていこうと思う。
これからオーストラリアでITエンジニアとして働きたい人や、ワーキングホリデーや学生ビザを利用して現地就職を考えている人の参考になれば嬉しい。
なぜオーストラリアで就活しようと思ったのか
そもそも自分は大学卒業後、学生ビザ1年、ワーキングホリデー1年の合計約2年間オーストラリアで生活していた。
その2年間は本当に充実していて、「いつかまた戻ってきたい」という気持ちはずっと持っていた。
ただ、その当時は社会人経験がなかった。
オーストラリアで生活するのも楽しかったが、「まずは日本でしっかり経験を積んでから戻ろう」と考え、一度帰国して会社員として働くことを選んだ。
幸いセカンドワーキングホリデービザを取得していたので、「31歳までならいつでも戻れる」という安心感もあった。
実際に社会人として働き始めると、留学熱は徐々に落ち着いていき、このままセカンドビザを使わずに期限を迎えるのだろうと思っていた。
そんな時、人生の転機が訪れた。
会社で部署異動が決まり、それまでやりがいを感じていた仕事から、あまり興味を持てない部署へ異動することになった。
ちょうどその頃、転職も考えていて、実際に大手企業から内定ももらっていた。
給料も良く、仕事内容にも魅力を感じていた。
もちろん悪い条件ではなかったが、「このまま転職して本当に後悔しないだろうか」と考えるようになった。
そして気付いた。
「まだワーホリが使えるじゃないか。」
人生は一度きり。
このタイミングを逃したら、もう二度と挑戦できないかもしれない。
そう思った瞬間、転職ではなくオーストラリアへ行く決断をした。
また、自分はネットワークエンジニアとして働いていたこともあり、オーストラリアではITエンジニア不足が続いているという情報も以前から知っていた。
だからこそ、「スポンサー企業を見つけられる可能性は十分ある」と考えていた。
本来であれば永住権を取得して戻るルートが一番確実だったかもしれない。
それでも、ワーキングホリデー中にスポンサー企業を見つけられるなら、そのルートにも挑戦する価値はあると思った。
そうして、自分のオーストラリア就職活動が始まった。
準備と行動、そして結果
オーストラリアへ行く前に、まず徹底的に情報収集を行った。
実際にスポンサービザを取得して働いている日本人へ話を聞きに行き、Facebookで経験者を探したり、ブログを読み漁ったりした。
そこで得られた情報は、どれもかなり前向きなものだった。
・「LinkedInに登録すればエージェントから連絡が来る。」
・「ワーホリでもスポンサー企業は見つかる。」
・「スキルがあれば十分戦える。」
そんな話を聞き、自分も「これはいけるかもしれない」とかなり自信を持っていた。
英語についても、以前2年間オーストラリアに住んでいた経験があったため、「何とかなるだろう」と楽観的に考えていた。
現地へ到着後は、まずLinkedInへ登録した。
経験者から教えてもらった通り、リクルーターやエージェントから連絡は来た。
ところが、そこから先へ全く進まない。
電話で職歴を説明すると、反応は非常に良い。
「良い経験だね。」
「資格も持っているんだ。」
「ぜひ詳しく聞かせて。」
ここまでは順調だった。
しかし、必ず最後に聞かれる質問があった。
Q. ところでビザは何?
→A. ワーキングホリデーです。(私)
そう答えた瞬間、空気が変わる。
・「ごめん。今探しているのは永住権保持者なんだ。」
・「スポンサーは現在出していない。」
・「今回は難しい。」
ほぼ毎回このパターンだった。
履歴書を100件以上送り、カバーレターも何度も作り直しても面接まで進めたのは一度だけだった。その面接でも最後はビザの話になり、結果は不採用。
結局、最大の壁は技術でも経験もあるかもしれないが、大きな要因としてはビザだった。
もちろん英語力も課題だった。
日常会話やレストランで働く程度の英語なら問題ない。
しかし、ITエンジニアとして専門的な議論をしたり、自分の考えを細かく説明したりするレベルになると、まだ足りない部分が多かったと感じる。
さらに追い討ちをかけたのが、オーストラリアの情勢が大きく変わっていたことだった。
自分が参考にしていた経験談は、2015年〜2019年頃のものがほとんどだった。
つまり、コロナ前である。
ところが、自分が渡豪した2024年は全く別の世界だった。
コロナ後、一時的に人手不足となり、多くのワーホリや留学生が歓迎されていた時期があった。
そのタイミングで渡豪した人は、比較的スムーズにスポンサー企業を見つけていたが、その後は状況が一変したようだ。
移民が急激に増え、求人より求職者の方が多くなったことでライバル(特にインド人)が増えたようだ。
IT業界だけではない。
ジャパニーズレストランですら仕事探しに苦労する人が続出していた。
つまり、自分は完全にタイミングすらも外してしまったのである。
また、現地のエンジニアと話す機会も何度かあり、そこで言われたのが印象的だった。
「今はネットワークだけでは厳しい。」
クラウド、AWS、Azure、GCPなどの経験があるインフラエンジニアが求められているという話だった。
ネットワーク専門の求人自体が以前より減っていることも知った。
つまり、自分には
- ワーホリというビザ
- 英語力不足
- ネットワーク特化というスキル
- タイミング
という4つの要因で既に負けていた。
正直、渡豪から3か月ほどで「これはかなり厳しい」と感じ始めていた。
それでも、せっかく来たからには後悔なくやれることはやってから帰りたいと思い、「100件応募する」「半年は挑戦する」という自分で決めた目標だけは最後までやり切った。
結果は惨敗だった。
悔しかったが、やれるだけのことはやったという事実で自分を納得させるようにはしていた。
今後について
現在は日本へ帰国し、クラウドエンジニアとして働いている。
オーストラリア就職は諦めたわけではない。
むしろ、次に挑戦するなら何が必要なのかが、今回の経験ではっきり見えた。
まず必要なのは英語力だ。
次回挑戦するなら、IELTS7.0以上を一つの目標にしたい。
もう一つはクラウドの実務経験。現地で求められている人材像を考えると、ネットワークだけでは武器として弱い。AWSやクラウドインフラの経験を積むことが重要だと感じた。
そして最大の課題がビザである。
現実的な選択肢として考えているのは、大きく二つある。
一つはオーストラリアの大学院へ進学し、卒業ビザを取得して現地就職を目指す方法。
卒業ビザがあれば数年間は現地で働ける可能性があり、その間に永住権取得を目指せる。
もう一つは、日本で経験を積み続け、その実績をもとに永住権申請へ挑戦する方法だ。
さらに可能性は低いものの、日本法人の外資系企業へ転職し、将来的にオーストラリア支社へ異動するルートも考えられる。
ただ、どの方法も簡単ではない。
特に大学院進学は学費が非常に高いので、
奨学金なども視野に入れながら検討していきたいと思っている。
一方で、自分の努力で改善できる部分もある。
・英語を伸ばすこと。
・クラウドエンジニアとして経験を積むこと。
・資格を取得すること。
これらは今すぐ始められる。
だから今は、日本で着実に力を付けることに集中している。
オーストラリアの移民政策は政権によって大きく変わる。数年後には状況が好転しているかもしれないし、逆にさらに厳しくなっているかもしれない。
未来は誰にも分からない。
だからこそ、いつチャンスが来ても挑戦できる準備だけは続けていきたいと思っている。
まとめ
今回はオーストラリアで就活に挑戦した結果について書いてみた。
この記事の内容をまとめると、
- 会社を辞めて2024年にオーストラリアでITエンジニアとして就職活動に挑戦したが、ビザや就職市場の変化により現地就職は実現できなかった。
- 100社以上に応募し、英語力・クラウドスキル・ビザの重要性など、現地で挑戦したからこそ分かった多くの学びを得ることができた。
- 現在は日本でクラウドエンジニアとして経験を積みながら、将来的なオーストラリア再挑戦に向けて準備を続けている
今回のオーストラリア就職活動は、結果だけ見れば失敗だった。
しかし、この挑戦を通して得られた経験は、自分にとって大きな財産になった。
実際に現地へ行かなければ分からないことは本当に多いし、ネット上の情報は参考にはなるが、それが今も通用するとは限らない。
特にオーストラリアは移民政策や経済状況によって就職市場が大きく変化する国だ。
だからこそ、数年前の成功体験をそのまま信じるのではなく、「今のオーストラリア」を自分で調べることが何より重要だと実感した。
もしこれからワーキングホリデーや学生ビザで現地就職を目指すなら、英語力だけでなく、ビザ、職種、タイミング、市場動向まで含めて戦略を立てることをおすすめしたい。
挑戦は失敗に終わったが、それでも自分はあの決断を後悔していない。
挑戦しなかった人生より、挑戦して失敗した人生の方が、ずっと納得できるからだ。
いつかまたチャンスが訪れるなら、その時は今回よりも成長した自分で、もう一度オーストラリアに挑戦したいと思う。

シドニー旅行ガイド2026: オーストラリアの港湾都市の中心部を探索しよう

コメント